旅する土木技師

世界の土木遺産、まちづくり

世界の土木遺産「ヤズド(イラン)_カナート」

サレ・ヤズドの宿場群遺跡

 ヨーロッパと東洋を繋ぐシルクロードは有名ですが、古代にヨーロッパとインドを繋いだスパイスロードを知っている人は稀かもしれません。その名と通り、主にインドからヨーロッパにスパイスを運ぶためのものでした。スパイスロードに沿って、西アジアの広大な砂漠を渡った商人がたどり着く街がヤズド(Yazd)でした。この街の玄関口であったサレ・ヤズド(Sar-e Yazd : ペルシャ語で「ヤズドの頭」の意味)には多くの商人が宿泊したと言われています。
 ヤズドは、交通の要衝であり、ゾロアスター教拝火教)の聖地であるなど、歴史的・文化的に非常に興味深い街ですが、本稿では古代ヤズドの発展をインフラの観点から紹介したいと思います。

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ヤズドの位置

 昨年、筆者は初めてヤズドを訪れました。想像通りラクダと出会うことができました。全長4mを超えるであろう巨体が密着して団体行動をとります。いきなり集団で走り出すので近寄ると怖いです。

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飼育場を訪れた筆者を見つめるラクダたち

 ラクダは背中のこぶに溜めた脂肪を分解して体内で水につくることができるため、砂漠の移動に適していると言われています。

 水が希少な乾燥地帯では、生き物もインフラも特殊な進化を遂げています

 イランに固有のインフラの1つにカナートという灌漑施設があります。
 カナートは、山の麓から街や農地へ水を運ぶための地下トンネルです。かつてペルシャ帝国が、古代メソポタミア文明を凌駕した理由の一つがカナートの存在とも言われています。
 イランの乾燥地域では、降水は山岳部に集中します。特に冬季にはアルボルズ山脈(最高峰5,610m)やザクロス山脈(最高峰4,548m)は深い雪に覆われ、春には大量の雪解け水が流れ出ます。山から平地へ流れる水の有効利用はイランのインフラの最も重要なテーマと言っても過言ではありません。しかし、この水の輸送には大きな障害があります。それは蒸発です。


 イランの蒸発は、「凄まじい」の一言に尽きます。
 どのくらい凄まじいかというと、洗濯した厚手バスタオルが数時間の室内干しでパリパリに乾いてしまうほど。なんと、イランでは降水の70%が蒸発により地表から消失しているのです(日本では35%)。
 イランでは古代からこの凄まじい蒸発を活用した無動力、つまり、電気を必要としないクーラーが使用されてきたなど、気候を活かした都市開発が行われてきました※。
 カナートはその代表と言えます。
  (※無動力のクーラーについては、後日別稿で取り上げたいと思います。)

 例えば、日本のような湿潤な気候の国では、山地に降った雨は河川として平地に流下し、流域の都市や農村の人々が河川の水を利用します。しかし、イランの乾燥地帯では、河川が山地から平地の都市や農村に到達するまでに大量の水が蒸発してしまいます。カナートは、山麓から続く地下トンネルを通じて水を消費地である都市や農地に直接届けることで、輸送中の蒸発ロスを軽減する役割を担っているのです。

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カナートの概念図(岡崎正孝「カナート イランの地下水路」より抜粋した図を編集)

 ところで、サレ・ヤズドには多くの商人がユーラシア大陸の東西から高価な商品を大量に運び込んだわけですが、当然、宿泊中の安全な保管施設が必要になります。そのため、サレ・ヤズドには商人が所持するラクダや商品を保管するため、軍事施設顔負けの要塞が建設されていました。そして要塞防衛の観点からも籠城中の水の確保が重要でした。
 要塞内部には籠城に耐えるための井戸が掘られていたようですが、このように地下水の汲み上げが容易に行えることもカナートの貢献と言えるでしょう。一方で、籠城中はカナートに毒が投げ込まれるなどのリスクもあったため、日頃からカナートから独立した水を確保しておくことも必要であったようです。

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サレ・ヤズドの古代要塞の内部


 このように紀元前からペルシャ文明を支えてきたカナートは現代も多くのイラン国民の生活を支えており、2016年にはヤズドの「ペルシャ式カナート」が世界文化遺産に登録されています。

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水汲みに利用されるカナート
一方で、イランでは古くから井戸の開発と地下水の利用が盛んに行われていたことから地盤沈下が深刻化しており、現在では無許可での井戸の整備は違法とされています。こちらについては後日別稿で触れたいと思います。

(参考文献)
1) 岡崎正孝「カナート イランの地下水路」(論創社
2) 世界遺産オンラインガイド(https://worldheritagesite.xyz