旅する土木技師

世界の土木遺産、まちづくり

世界の土木遺産「ヤズド(イラン)_無動力冷房」

ヤズドの砂漠

 前稿では乾燥地帯で水を無駄なく輸送する「水路」としてのカナートの役割を紹介しました。古代ペルシャでは乾燥地帯で蒸発による水の損失を可能な限り少なくするために地下トンネルに水を通したのでした。しかし、カナートは単純な水の輸送の役割だけではなく、より機能的・文化的な側面を持っています。

古代ペルシャで活用された無動力冷房

 カナートの持つ水の輸送以外の機能の代表例は「冷房機能」です。この冷房は灼熱の砂漠地帯であるペルシャの地で古代から活用されてきた技術です。もちろんその時代に電気はありません。この技術は、蒸発熱を活用した無動力の装置なのです。

 ところで、筆者がイランに住み始めた頃は、生活で使用する水の温度の違いを不思議に思ったものでした。というのも夏に蛇口から出る水は日本と同様に生ぬるい(もしくは熱い)のに、浴槽に溜めた水は次の日には驚くほど冷たくなっているのです。
 この水温の違いも、イランの凄まじい蒸発を考えれば、当然のことでした。
 水は蒸発して気体に変わるとき、周囲から蒸発熱を奪うため、周辺の気温や水温は下がります。この原理を利用して打ち水で涼をとる方法は日本でもお馴染みです。イランでは室内の湿度が常に10%台と非常に乾燥しているので、液体の水が存在する限りその水は急激な蒸発を続け、それに伴い周囲の気温、水温が急速に下がるのです。水道水は閉鎖空間に溜められているためそれほど盛んに蒸発しませんが、浴槽のような循環する空気との接触の多い水は蒸発により急速に冷えていくのです。イランではこの原理を活用して様々な冷房装置が活用されてきました。

 代表的なものはバードギール(採風塔)と呼ばれる以下のような装置です。風上から吹き付ける乾燥した熱い空気が低温の水の流れるカナートに引き込まれ、暗渠(地下トンネル)内で蒸発熱を奪われ、湿気を帯びた冷たい空気となって風下から放出されます。この装置はカナートに併設され、人の集まる外の空間に冷気を提供していました。

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バードギールの概要図(福原隆一_伝統的水利システム・カナートに見る持続可能な資源利用のヒント)

 日本では平安時代から涼をとるために軒下に風鈴を飾っていたようですが、その千年も前にこれほど効果的かつエコな技術を実現していたペルシャ文明は恐るべき技術大国だったのでしょう。
 なお、ヤズドの旧市街地ではバードギールが立ち並ぶ風景が歴史的町並みとして保全されており、代表的な観光地の一つとなっています。

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バードギールが立ち並ぶヤズドの旧市街地

 この他、カナートの水はペルシャ庭園やペルシャ屋敷の噴水等にも活用され重要な役割を果たしていますが、ペルシャ庭園については後日別稿をしたためたいと思います。


参考文献
1) 福原隆一_伝統的水利システム・カナートに見る持続可能な資源利用のヒント(http://www.jiid.or.jp/ardec/ardec59/ard59_key_note4.html